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コンビニでたむろしているヤンキーくん達はとても純粋でした


一昨日、スーパーのレジの女性と話をしていた時に、ヤンキーの少年達の話になりました。お孫さんがいらっしゃるその女性が言いました。

『夜遅くにコンビニの前に座り込んでたむろしてたり、大きな音を出してバイクで走り回ったりして、ヤンキーの子達って怖いわよね~。私はコンビニの近くに住んでいるから、大声で騒いでいる姿をよく見かけるんだけど、怖くて近寄りたくないもの。』

私は彼女に言いました。『彼らも付き合ってみたら、とても純粋で良い子達なんですよ。』 

そしたら、その女性がこう言ったんです。『要は単純なのよね。』 と。

単純というのは、時と場所も考えず、怒りたい時に怒り、騒ぎたい時に騒ぎ、人目も気にせず自分がやりたいことをやりたいようにやっているという意味でしょう。つまり、私は時と場所をわきまえて、怒りたい時でもグッと我慢して、騒ぎたい時でも大人しくしているわという自らの生き方の説明でもあります。

ですから、もし彼女が『彼らは純粋なのよね』と言えるようになったとしたら、それは彼女が自分を律するのではなく、ありのままに感じられるようになった時だと思います。
実際、彼らヤンキーの少年達は本当に正直なんです。怒りを感じたら、すぐに相手に怒りをぶつけます。ふざけたいと思ったら、コンビニの店の前であろうと、路上であろうと関係なくたむろしてふざけあっています。人が見ているからやめとこうという風に、良い人ぶらないんです。

要するに彼らは感覚や感情が剥き出しなんです。それは単純じゃなくて純粋なんです。

動物のような感じと言えばわかりやすいかもしれません。動物だって、愛情をもって接している人にはすぐになつくけど、形だけかわいがろうとしていても愛情がない人にはなつかないでしょう?

だから、こちらが彼らに心を開いて正直に付き合えば、彼らも心を開いて受け入れてくれます。


最初、私がコンビニで夜勤を始めた時、ヤンキーの彼らは、夜になるとコンビニの前でたむろして食べ終えたカップラーメンとか空き缶とかゴミとか、そのまま路上に置いて帰っていました。

でも、彼らと仲良くなるにつれて、私が彼らが路上に放置したゴミを片づけていたら、『散らかしてゴメンね。片づけるわ。』 と一緒にゴミを拾ってくれたり、私が夜勤の時にはたむろしても、ゴミはゴミ箱に捨てて帰ってくれるようになりました。


今日はどこそこに遊びに行ったとか、こんなことがあったとか、話してくれるようになり、私も人によく見せようとカッコつけない彼らが大好きでした。

また、彼らは本当によく笑います。すぐに怒ってキレるようなイメージがあるかもしれませんが、9割ぐらいは他愛もない話をしては楽しそうに笑っています。

コンビニでバイトして一番良かったことは、ヤンキーの彼らと出会えて仲良くなれたことです。コンビニで夜勤のバイトをしなかったら、人を怖がっている私が彼らと接する機会は絶対にありません。

今でも町で会えば 『おーっ!!○○さん!!』 と気軽に笑顔で声をかけてくれます。


冒頭のスーパーの女性は、ヤンキーの少年達は何をされるかわからないから怖いと言いました。

これってヤンキーの少年達自体が怖いのではなくて、ヤンキーの少年達が自由に表現している感情が怖いのではないでしょうか?

多くの人は時と場所をわきまえて、紳士淑女然として、怒りたい時もグッと我慢して、泣きたい時も泣かず、いつもこうあるべきという理想像になるべく自分をコントロールしようとしています。

感情を無理矢理抑圧して、感じないようにしている。そこにもってきて、感情をあからさまに表現している彼らが目に入れば、不快に感じます。

それは、感情を自由にさせたら、何をされるかわからない。感情をコントロールをしなくなったら、何が起きるかわからないという自分自身の怖さの投影だと思うんです。


こんなことを言ったら、まるでヤンキーくん達のようにコンビニの前でたむろして大騒ぎしたり、深夜に爆音を出してバイクを走らせていることが感情をそのまま表現していることだと、勘違いされる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。

感情をそのまま感じることと、感情をそのまま表現することは別です。ヤンキーくんたちは、感じた感情をそのまま表現していますが、感情をそのまま感じながらも、人に対しては理性ある態度を表現することだって可能です。

私もまだ自分の感情をすべて抑圧せず、そのまま感じられるという状態ではありませんが、起きる感情をそのまま感じることが出来るようになれば、もっと楽に生きられるだろうとは理解しています。

コンビニの前でたむろしているヤンキーくん達に不快感を感じたら、一度、自分の何を見ないように、感じないようにしているんだろう?と問いかけてみるといいかもしれません。

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