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母親に助けてもらっているにもかかわらず腹が立つとは


記事タイトル通りです。

母親に援助してもらっているにもかかわらず、母親に腹が立つアラビンです。

母親がいなかったら今の私は経済的にすぐにでも立ち行かなくなるのに、腹が立つのです。

なぜでしょう?


母親に対する期待、要求があるから怒りがやめられない



母親に腹が立つんだとカウンセラーと話していました。

「なんでやろ?助けてもらっているのに・・・・」と聞く私にカウンセラーは言いました。



カウンセラー 
「怒っている時って、自分の方が正しいという優越感がない?」


 「確かにあります。よく内面を見てみたら、オレはお前とは違うんだ!優秀なんだ!っていう優越感があります。そうかそれが原因か」

カウンセラー
「あとね、気持ちの奥底に繋がっていたい、自分のことを気にしてほしい、世話してもらいたい、かまってほしいっていう気持ちがない?」



そう言われてもすぐにはピンと来なかったんですが、よくよく感じてみると私自身の中にそういう気持ちがありました。

もう84歳になろうかという母親に対して、まだ自分のことをわかってほしい、気にしてほしい、かまってほしいという子供のような気持ちがあるのです。

カウンセラーに言われました。

カウンセラー
「親に期待する気持ちがある間は、怒りはやめられないよ。だって、相手を思い通りにしたいってことだからね。あなたの母親があなたの希望通りになると思う?」


「まあ、無理やろね・・・・・・・」



しばらくそんなやり取りを続けたあと、カウンセラーから質問されました。

カウンセラー
「・・・・・で、今はどう?・・・・・まだ母親に期待する気持ちがある?わかってほしい?気にしてほしい?まだ母親が変われると思ってる?」


「・・・・・・・・うーーーん、まだ自分のことを気にしてほしい、心配してほしい、かまってほしいというのがあるよ」と私は答えました。




カウンセラーの親御さんはとてつもなく破天荒だったので、私のように期待を持つことが全然できなかったそうです。

だから必然的に親にわかってほしいという気持ちを諦めるしかなかった。

狂った親というのも恩寵だねとカウンセラーは言っていました。

なまじ中途半端に話が通じそうな親だと、いつまでも期待を諦められないよねとも。



「親を一人の人間としてでなく、親という役割として見てるんだよね」



今回のセッションの中では、親に対する期待を手放せませんでした。

親に対する期待を手放せたとき、人は初めて独り立ちしたと言えるのでしょう。

カウンセラーは私の決断一つだと言うのですが、私にはまだ無理のようです。

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