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「頑張って」ではない励ましの言葉にこそ救われる


まだ私が30歳ぐらいの時、慈恵医大の森田療法室に入院していたことがあります。

その時、一緒に入院していた友人のOさんから久しぶりに電話がありました。

電話で話すのは20年ぶりくらいです。

でも、話し始めるとすぐに打ち解けました。



ひとしきり彼女の話を聞いた後、彼女が私に聞きました。

「アラビンさんの症状は、どんな症状だっけ?」

思えば彼女には私の主症状は話したことがなかったかもしれません。

そこで彼女に私の症状を話しました。



「一番最初は人に噂されている気がするとか、見られている気がして怖いというものだったんだけど、そのうち人に嫌われている気がする怖さになって、自分の視線を嫌がられている気がする怖さというのも出てきたね。

具体的に言うと、例えば職場で隣の人が机の引き出しを強く締めたりしたら、自分がその人の引き出しの中を見たから、その視線を嫌がって引き出しを強く締めたんじゃないか?と思ったり

車で運転している時に前の車のバックミラーがあらぬ方向を向いていたら、自分がバックミラーを見るから、自分の視線を嫌がってあらぬ方向を向けているんじゃないか?と思ったり

道を歩いていて私の前を歩いている人が後ろを振り向いて走り出したら、私を嫌がって逃げたんじゃないか?と思ったり

そういうのが私の主症状だよ。」



彼女
「アラビンさんって統合失調症?」


「今の精神科の先生はアラビンさんは絶対に統合失調症じゃないと言うんだよ。統合失調症だったら、病歴が長いからもっと意識の低下が起きているはずだって。」

彼女
「どこからが統合失調症で、どこからがそうじゃないかは線引きは難しいよね。先生によっても所見が違うだろうし・・・・・でも、アラビンさんが今でもすごく苦しんでいるのはよくわかった」

電話の話はそれで終わりましたが、その後、メールでやり取りをしている時、彼女の言葉に救われました。



私が「私は今の特別支援学校のような障害者枠の楽な仕事じゃないと働けないんだよ」と、メールに打ったんです。

すると彼女からの返信にこう書いてありました。

「アラビンさんは十分頑張っていると思うし、私が知らない症状でツラいと思うから、アラビンさんにとって負担が少ない働き方が出来るとと良いよね。

私も私の周りもメンタル病んでいる人多いから、頑張ってという言葉が負担になることも分かるから、私のボキャブラリーには頑張ってという言葉はないよ」



私はこの言葉にすごく救われました。

十分頑張っていると思うし、私が知らない症状でツラいと思うからという言葉に救われました。

十分頑張っていると言われたのも嬉しかったし、自分が知らない症状でツラいと思うからと共感してくれた思いやりも嬉しかったです。



本当は自分が自分のことをよく理解して、Oさんが言ってくれたように自分で思えれば、一人でも苦しまなくていいのです。

「自分、よく頑張っている。こんな症状を抱えてよくやっている」と、思えれば。

つまり、ありのままの自分にOKを出せると楽に生きられるということです⇒ありのままの自分を受け入れるとは~自分らしい幸せの見つけ方

ところが、9時5時で働くのが当たり前とか、経済的に自立するのが当たり前というように、出来ない目標を自分に課していると、今回の私のように人に言われるまでホッと出来なくなります。



自分で頑張るのも大切です。

でも、誰しも等身大の自分を越えて大きな目標を持ちがちなので、時折正直に話せる友人などに自分の気持ちを打ち明けてみることも大切ですね。

それによって等身大の自分を知ることが出来ますから。



友人の大切さを改めて知った出来事でした。

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