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「母の死」を疑似体験して、孤独との付き合い方を考えた


父・母・兄・姉・弟・妹。

あなたはいつもいる家族がいなくなった時の生活を考えてみたことはありますか?

私には母と弟がいるのですが、今回、母が骨折して入院したことで、母がいなくなった生活を前もって感じることができました。



近所の友人は数か月前にお母さまを亡くして、今でも淋しさを感じると言います。

遠方に住んでいる友人もお母さまを亡くして、孤独感を感じてやりきれないと言います。



私も経済的に頼りにしていることもあり、母がいないと淋しさを感じるのではないか?と思っていましたが、この数日間、そんなに淋しさを感じることなく落ち着いて過ごしています。

この調子なら実際に母親が亡くなっても、落ち着いていられるのではないか?と思うのですが、実際はわからないですね。



中には唯一の身内である親や兄弟姉妹を亡くして悲嘆に暮れている方もいらっしゃるようで、ヤフー知恵袋や教えて!gooなどに沢山、相談があります。

その中でとても印象的な回答がありました。



相談者の方は中学1年生の時に、病気でお姉さまを亡くし、その時は自分なりにお姉さまの死を受け入れていたつもりだったそうです。

なのに、先日、職場の人が妹を連れてきていて楽しそうに会話をしているのを見て、自分にもお姉ちゃんがいたのにと、淋しさ、悔しさ、悲しさでいっぱいになり、涙が止まらなくなったそうです。

今後また姉妹を見た時に、同じような感情に囚われないかと思うと不安である。

私は死を受け入れられていないのでしょうか?という質問でした。



ベストアンサーに選ばれた回答がとても秀逸でした。

わたしは自分の事を含めて「なすがまま」にしかできないと思っています。
お姉様を偲び悼む気持ち、時には涙をながす時もある自分を、素直に無理をせず認めてあげることしかないと思うのです。
それが今の自分の気持ちなんだと思って。
そのような感情を持つ事も、自分の今の姿なのだと思って。

教えて!goo 身内の死が受け入れられていない?より引用



そう。「なすがまま」これしかないと思うんです。「あるがまま」と言ってもいいです。

とかく男性に多いのですが、泣くのは恥ずかしいと思って耐えようとすることがあります。

でも、悲しい気持ちに男性も女性もありません。悲しい時は思いっきり悲しんでいいんです。

そうすることによって悲しみが癒され、亡き人を偲ぶ自然な気持ちになるのです。



もし、悲しい気持ちを悲しいままに表現しなかったら、その悲しい気持ちはどうなると思いますか?

実はいつまでも心の中に残って、機会があるごとに出てこようとするのです。

悲しみがいつまでも癒されないのはそのためです。



どうか悲しい時は悲しい気持ちをそのまま表現してください。

人前で表現するのが恥ずかしかったら、人のいない所で思いっきり悲しんでください。

悲しんじゃいけないとブレーキをかけずに、今は悲しむことを自分に許してください。



喜びは我慢せずに表現するので自然に無くなります。

それと同じように悲しみも我慢せずに表現すれば自然に無くなります。



私も親を亡くした時には「あるがまま」に湧き上がる感情を認めていきたいと思います。

なぜなら、そうすることが一番の癒しだからです。

身内を亡くして悲しんでいる友人も、いつか立ち直って、自然に身内を偲ぶ気持ちになってほしいものです。

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