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甘えって何がいけないの?


甘えてはいけないと言う人がいます。

何がいけないのでしょう?

当時の私は甘えていると言われたこともあるので、その疑問を和田重正先生にそのままぶつけました。

疑問が小難しい言葉になっていて、何が言いたいの?と思われるかもしれませんが、当時の私は頭で色々考えていたのです。

それだけ不安が強かったのです。

色々書いていますが、聞きたいことはたった一つです。

「甘えていると言われたのですが、甘えを失くさないといけないのでしょうか?」

では、当時の和田重正先生とのやり取りを続きを読むからどうぞ。




1984年8月2日(水)の日記より

(私の文章)


甘えって一体何なのでしょうか?今まで漠然と甘えという言葉を使ってきましたが、どうも釈然としません。

先生は甘えながら、いや甘えたままでやると言われましたが、甘えているその事自体が、もう一つの行動形態じゃないのでしょうか?

それとも先生の言わんとすることは、心の中に甘えを残したままで、自分で出来ることとか、やれる事は自分でやるという事なのですか?



広い意味で甘えという場合、僕の悩みも甘えだと人に言われます。

僕から見れば甘えだと思えるようなことを、真剣に悩んでいる人もいます。

それならば甘えというのは、ロボットでもない限り、誰の心の中にもあるものだと思います。

それなのにここに来る以前は甘えを失くせと言われ続けてきました。

確かに自分の心の中に甘え、依頼心が巣くっているのは感じるのですが、人は一体どんな甘えを失くせと言うのでしょうか?



君と話して甘えを感じるって言われます。

確かに好意を持った人には、ずーっとそばに居たいと思います。

要するに甘えたいのです。

でも、それすら人間が生きてゆく上で、成長する為には許されない心なのでしょうか?



僕が先生に甘えていった場合、先生は甘えるなと言われますか?

言われるのなら、その本音は何なのですか?教えて下さい。






(和田先生の言葉)

甘え心のない人間ほどつき合いにくいものはありません。

甘えたっていいじゃないかと思います。


甘えをなくせという人は、甘えを悪徳だと思っているのでしょう。

問題は甘えなどというところにあるのではありません。






甘え心のない人間ほど付き合いにくいものはありませんと和田先生に言われて、当時、ああそうかぁ~!と気持ちが楽になったのを思い出します。

確かに振り返ってみると、甘え心のある人の方が話しかけやすいし、付き合いやすいです。

最近はあまり甘えてはいけないという思考が出てくることはなくなりましたが、当時は自分によく甘えてはいけないと言い聞かせてました。

なんであんな考え方をしていたのかなぁ~??

今思うと人に甘えてしまうと、どこまでも頼り切ってしまって、切り捨てられた時に傷ついてしまうという不安があったのかもしれません。

もう少し探ってみてもいいかもしれません。


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