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見えず聞こえずとも 梅木好彦さんの経歴とあるがままでいられる幸せ


NHKスペシャル『見えず聞こえずとも』で特集された梅木好彦さん・久代さん夫妻ですが、色々調べていたら、ハートネットTVブレイクスルーで画像とテキストファイルで公開されていました。
  
改めて読み返してみると、番組を見ていた時には気付いていないことに気づきました。

それは、好彦さんの言葉です。

番組を見ている時は、好彦さんと久代さんの醸し出している雰囲気に魅了されて、もちろん言葉も聞いているのですが、細かく残っていなかったんです。

ですが、改めてテキストで読み返してみると、シンプルでありながら深遠な言葉が沢山あります。

今日は、その言葉をご紹介します。

梅木好彦さんの経歴


幸せ

梅木好彦さんは、中学生の頃、幸せって何だろう?と考えます。

幸せになりたいとは誰もが言いますが、幸せって何だろう?と考える人は少ないように思います。その頃から梅木好彦さんは洞察深い人だったのでしょう。

そんな実直な梅木好彦さんだからこそ、高校を卒業後、武者小路実篤が呼びかけた『新しき村』に参加します。

武者小路実篤が提唱した新しき村の精神をわかりやすく代表の石川清明さんが語っておられます。

理想的社会の第一条件は、自分が理想的な生き方をしてゆこうというのがその第一歩です。~(中略)~新しき村の目指しているものは【自他共生】の世界です。心のままに生きることが互いに通じ合える生き方を求めての世界です。

新しき村・代表挨拶 より 引用


新しき村は、武者小路実篤が提唱した「人間らしく生きる」「自己を生かす」社会の実現を目指して、1918年(大正7年)、宮崎県児湯郡木城村に誕生しますが、ダム建設により村の土地の半分が水没することになったため、1939年(昭和14年)、埼玉県毛呂山町に「東の村」として再出発することになります。

※宮崎県児湯郡木城村の新しき村は、2家族が残り、「日向新しき村」として現在も活動を続けています。

「東の村」は、最初、自活を目的に米、麦、野菜を作り、乳牛も育てられましたが、現在は生産されたものは、全国からの注文に応じて配送もされています。

新しき村のホームページに記載されている情報だけでは窺い知ることはできませんが、武者小路実篤が提唱した「人間らしく生きる」「自己を生かす」生き方の中に、自分の生活に必要なものは自活するということも含まれているのではないかと思います。

だからこそ、真剣に幸せを希求していた梅木好彦さんは、番組で見たような山深い丹波の土地で自給自足を始めたのでしょう。

新しき村は、現在、村内生活者が13名、村外会員が160名(※新しき村・村の概要より転載)ですから、梅木好彦さんは、ひょっとしたら村内生活の後、京都丹波で村外会員として生活を始められたのかもしれません。(あくまで私の推論です)

そして、梅木好彦さんは、米や野菜のみならず味噌や醤油なども自分で作るという誰にも頼らずに生きるという理想の生き方を手に入れます。

ですが、幸せを感じることはなかったそうです。


心のままに生きることが互いに通じ合える生き方


手をつなぐ

梅木好彦さんは番組中で言われました。
『農業だけじゃなくって、人間の生活の中にはこういう食べ物とか衣食住の作っていく喜びっていうのとは別に困ってる人を助けるいうかね。』

誰かの役に立ちたい

阪神大震災を契機に誰かの役に立ちたいと強く思うようになったのか、誰かの役に立ちたいと思っていたところに阪神大震災が起きたのかわかりませんが、自活するだけでは満たされないことに気づいた梅木好彦さんは、震災直後からボランティアを始めます。

そこで出会ったのが、久代さんです。

目も見えず耳も聞こえない久代さんと一緒に買い物に行ったり、散歩に出かけているうち、ボランティアで寄り添うことの限界を感じ、久代さんを幸せにしたいなら最後まで人生に寄り添うべきだと思い結婚を決意されます。

そして、現在のお二人の生活があるわけですが、幸せにしたいと思って結婚された梅木好彦さんですが、結婚されて逆に幸せを教えてもらったと言われます。

そして、中学生の頃、幸せってなんだろう?と考え始めた梅木好彦さんは、番組の中で幸せについてこう語られました。

風間:お二人とも、会う前一人だった時っていうのは どんな世界だったんでしょうか?

好彦:
う~ん…どう言ったらいいかな?
一人の時は一人なりに生活してたんだけども、何かがちょっと足りないっていう気持ちね。
何が足りないんかは分からない。
だけども何か足りないなっていうのと…。

風間:やっぱり一人では幸せになれないですかね?

好彦:
そうですね。幸せっていうのは一人だけのものはないと思うようになりました。
やっぱり夫婦で一緒に暮らしてると、夫婦のどちらかが幸せでない、非常に苦しんでる時はやっぱりこっちも苦しみが続いて、やっぱり一緒に幸せにいかないと一人だけ幸せになるのは難しいと思うね。


イエス・キリストは言いました。

「与えなさい。そうすれば自分も与えられます。人々は気前よく量り、押しつけ、揺すり、あふれるほどにして、あなたの膝に載せてくれるでしょう。」

久代さんとご結婚後、洗礼を受けてクリスチャンになったという梅木好彦さんは、ご自身の体験からそれを自覚し、どこかでキリストの言葉に触れて感銘を受けたのかもしれません。

それは、「新しき村」の精神・心のままに生きることが互いに通じ合える生き方そのものと言えるのではないでしょうか?

そして、その心とは、自分がこうしたい、ああしたい、これが欲しい、あれが欲しいという欲望ではなく、「ここでは私に何ができるだろうか。どうすればこの人の、この状況の役に立てるだろう?」という奉仕の心かなぁと思いました。

でも、お二人を見ていると、そんなことも感じさせないほど、自然にそんな風に生きているから人が惹きつけられるんですよね。ご本人もうまく言葉には出来ないみたいですし(笑)

きっとお二人のことをインターネットで検索されている人も、そんなお二人の気持ちに共感されたのでしょう。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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