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拘りがあることが問題じゃない!拘りに拘っていただけだった!


日記を書き続けてきましたが、本棚を探してみたのですが、一心寮での日記の一部が消失してしまいました。

その消失した日記の一部には、私の大きな精神的変化も綴られていたのです。

無くなってしまったので、私の記憶から書き綴りたいと思います。

では、続きを読むからどうぞ。

あの日、私はどうにも精神的に追い詰められていました。

ああ、もうダメだ!とにかくダメだ!そんな感じで追い詰められていました。

当時、私は人に自分のことを悪く思われているという妄想に傾倒していましたから、その日もまた故郷の広島で、私の悪い噂がとてつもなく広まっているに違いないという妄想に心を占領されていました。

でも、一方ではそうであってほしくないという期待もありましたから、私の心は二分されている感じだったのです。

どちらかというと、私の悪い噂が地元で広まっていてほしくない、その確証がほしいという気持ちが勝っていました。

ところが、自分についての悪い噂が広まっていてほしくないという思いが強くなればなるほど、自分についての悪い噂が広まっているのではないか?という疑いも強くなるのでした。



結果、私は心が引き裂かれるような状態になり、本当の所はどうなのか?広島の知人に実際の状況を確かめずにはいられなくなったのです。

私は精神的な目処がつくまで、地元に連絡をすることは控えていましたから、広島に電話するのは本当に久しぶりでした。

もう我慢ならない!確かめてやる!そう思って、受話器を取って広島の知人の電話番号を押して、呼び出し音が鳴り始めた時でした。

私に突然の気付きがやってきました。



拘りに拘っていただけだったんだ!



その気付きがやってきてから、私はすごく心が軽くなり、体の力も抜けてリラックスできました。

私は拘りが強いと思っていたけれど、拘りが強いことが問題じゃない、拘りに拘っていたことが問題だったんだとわかったのです。

これは本当に大きな気づきであり、解放でした。



その解放は私だけの感覚ではなく、人から見ても分かるほどの変化をもたらしました。

その変化とは私の顔つきの変化です。

それまでの私は目が吊り上がって、険しい顔つきをしていたのですが、その気付きがあってからというもの、眼の吊り上がりはなくなり、本当に優しい顔つきになりました。

翌朝、私の顔を見た大人が「アラジンさん、何かあった?!顔つきが変わったよ!!」と言ったほどです。



今、何かに苦しんでいらっしゃる方は、悩んでいることが問題だと思っていらっしゃるかもしれません。

でも、その悩んでいらっしゃることがあなたを苦しめているわけじゃないと思います。

その悩みを問題視していることが苦しみを生んでいるのだと思います。



これは私自身にも言えることです。

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