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心療内科に行ってきました


一昨日、18年ぶりに心療内科に行ってきました。

そこは18年前に1年半ぐらい週一でカウンセリングを受けていたところです。

当時、カウンセリングを受けていた目的は、苦しい症状の改善でした。

今回、心療内科に診察を受けに行った目的は、精神障害者として認定されるかどうか判断してもらうためです。

実際に精神障害者として認定されるかどうかはわかりませんが、理想的な自分になることを追いかけて生きることに疲れたのです。

今日は私の人生を振り返りながら、障害を受け入れることのメリットをお話しします。

私の精神的な悩みの歴史


プロフィールにも書きましたが、私は中学2年生の頃から人に恐怖を感じるようになりました。

ことの経緯を簡単にお話しします。



夏休みの時に私は弟と喧嘩をして弟を突き倒してしまい、弟が土間から後ろ向きに倒れて、後頭部を強打してしまったのです。

弟はその事故がきっかけで難聴になってしまいました。(現在、弟は普通に耳が聴こえます)



当時、そんなに罪の意識を感じていた自覚はないのですが、2学期になり教室に坐って授業を受け始めると、思いもよらない感覚を感じるようになりました。

『人から見られている気がする』 『人が自分の噂をしている気がする』と感じるようになったのです。

気になって振り向いても誰も私のことを見ていないし、誰も私のことを話してもいません。

普通なら、そこで安心して気にならなくなります。

しかし、その感覚は収まりませんでした。



私はなんとかその感覚を変えようとしました。

そんな風にいつもそんな不安を感じている自分がイヤだったからです。



そして、そんな感覚に悩まされるようになったと同時期に体の感覚にも悩まされました。

だるくてだるくて、何もしたくないのです。

ひどい時は、ただ寝ていたいというぐらい体がだるくて重たかったです。



その後、様々な取り組みをして、それらの状態を改善しようとしてきました。

体のだるさについては、精神的な状態が改善されれば変わると思っていましたから、もっぱら精神的な悩みについて改善を試みました。

18年前ぐらいに心療内科で受け始めたカウンセリングもその一つでした。

1年半ぐらい受けましたが、望ましい変化はありませんでした。



そんな事情もあり、体のだるさを感じなくてすむ短時間の仕事で、人とあまり係わらなくて済むアルバイトを転々としてきました。

今のスーパーのレジ打ちの仕事を選んだのも、そういう理由からです。



何十年と続いているこの状態ですが、私は諦めていなかったのです。

いつか人が気にならなくなって、体のダルさもなくなって、溌剌と生きる望ましい自分になれると思っていました。


私が精神障害者認定を受けようと思った理由


先日、友人が言いました。

『今まで色々やってきて、それでも変わらないんだから、もう変えることは諦めて、そのままのあなたのままで楽に生きられる生き方を探したらどうだろうか?』

『精神障害者認定を受けるのは、あなたのプライドに障るのかもしれないけど、でも、実際には精神的な問題で日常生活に支障を来たしているじゃない。立派な障害者だよ。』

『もし、精神障害者と認定されれば、障害者限定の求職案件にも応募できるわけだから、そういう案件は一般の人に要求されるようなノルマも低いと思うし、何より理解してくれると思うよ。』



そう言われて、一つ返事で『そうだね。そうしよ!!』とは言えませんでした。

自分をおかしいとは思いたくなかったからです。

ですが、冷静に考えると言われる通りです。

今までは自分を精神障害者とは考えたくなかったので、調べることもありませんでしたが、改めて精神障害者の定義を調べてみました。

精神障害者
厚生労働省 みんなのメンタルヘルス より引用

実際にそう認定されるかどうかは別にして、精神的な問題で社会生活が制限を受けているのですから、精神障害者の定義には当てはまりそうです。

そもそも障害者の自立と支援を図るための制度ですから、障害が軽減して精神的負担なく生活できるようになれば、障害者手帳を返納したり、2年ごとの更新を行わないこともできるのです。

私は私が安心して暮らすために、この制度を利用させてもらおうと思いました。

そして、その旨を心療内科の先生と心理士の先生に伝えました。

一昨日は心療内科の先生とお話しした後、病気かどうかの判断をするため午後から2時間くらいの心理テストを受けました。

来週、もう一度心理テストを受けたのち、診断結果が出るそうです。


ありのままの自分を認める心地よさ


昨日、奇妙な偶然がありました。

数日前に録画していた番組を見ました。

NHKのEテレの障害者のためのバラエティー番組『バリバラ』です。

今回は障害者を題材にしたマンガの特集・マンガナイトでした。


その中で歌手の大槻ケンヂさんが言ってました。

大槻ケンヂさんは、中学生の頃、歌が下手だったそうです。

そして、それがコンプレックスだったそうです。

でも、その歌が下手くそな自分も自分なんだと受け入れた時、歌として表現することができるようになったと言われていたのが印象的でした。


「コンプレックスがあるとか、そういう部分をさらけ出すことが表現」(大槻ケンヂ)


思えば私は『人を気にしている自分』から逃げよう、逃げようとしていただけだった気がします。

こんな自分を知られたら人に嫌われる。

こんな自分を知られたら人に笑われる。

ですが、人を気にしてアタフタしている自分を一番嫌って、笑っていたのは自分だった気がします。

時を経てようやくそんな自分も自分なんだと受け入れ始めたようです。


誰もが色々なことで悩み、望ましい自分に変えようと努力されていると思います。

それは、望ましい自分になれば安心できるからではないでしょうか?

ですが、望ましい自分にならなくても、そのイヤな自分もありのままに受け入れることで、安心できるかもしれませんよ。

機会があれば、悩んでいるありのままの自分で心地よく生きられる生き方はないだろうか?と考えてみられてはいかがでしょうか?

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