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母親に心療内科に行った目的を話したらガッカリされました


心療内科に行った翌日、母親に心療内科に行った目的を話しました。

障害者認定をもらうためだと。

母親はとてもガッカリしていました。

私もそんな反応になることはわかっていたので、あまり話したくなかったのです。

・・・・・・いえ、私自身がそんな夢破れた話をしたくなかったのです。

ですが、『いつか息子が、経済的に自立して、結婚して家庭を持ってくれる』という夢は、今の私のどこをどう見ても実現の可能性がありません。

ですから、夢を見続けるより、ありのままの現実を見た方が、私にとっても母にとっても大切だと思ったのです。

今日は私の体験から、『あきらめる』ことの大切さをお話しします。

夢をあきらめることの大切さ


夢というとプロ野球選手になるとか、大きな夢をイメージするかもしれません。

でも、早起きするとか、間食をやめるというのも夢です。

現実に起きていなくて、いつかそうなりたいと願うものは、全部夢です。

母にとっての夢は、『息子が経済的に自立して、結婚して家庭を持ち、子供に囲まれ幸せに暮らす』というものでした。

母はその夢を支えに、心を奮い立てて生きてきました。

いつか、そうなってほしいと



夢は人を奮い立たせるパワーがあります。

ですが、夢には現実が見えなくなり、現実的な対応が出来なくなるという側面もあります。

現実的に対応しなかったために、傷が深くなることだってあるのです。



母の口癖はこうでした。

『私が生きている間に、自分でしっかり生活できるようになってほしい』

『経済的に自立して、結婚して家庭を持ってほしい』

ことあるごとに、そういう話を私にしました。

私は望まれる自分になろうとしました。

母の夢は、私の夢になりました。



経済的に自立して結婚する。

そもそも、私はその目的を達成する前に、人が怖くて人がいる場所に行かれないのです。

スタートラインに立つことすら出来ていません。

ですが、夢を信じて酔いしれている母に、『実は、私、人が怖くて人がいる場所に行かれないんだ・・・』と、夢を壊すようなことは言いにくいものです。



だから、私は長年、人を気にしていない自分になろうとしました。

人を怖がっていることを、認めたくなかったのです。

人が怖くて、体が怠くて、とてもフルタイムで働けるような状態じゃないのに、正社員で働ける仕事に就いたこともあります。

他の人にしては普通のことかもしれませんが、私は本当に頑張りました。。



まだ私が若い頃、母がありのままの私を見ていたらどうでしょう?

人の視線を恐れている日々の私の様子を見て、こう言ったかもしれません。

『あなたの人への怖さは根深そうだから、その怖さを無くすことより、その怖さと共存することを目指した方がいいんじゃない?』

『普通に働けないんだったら、いつまでも面倒は見られないから、障害者手当を受給して、自分に負担なく出来る仕事をしながら、家にお金を入れなさい!』



私がプライドの高さから、『私は病気じゃないし、普通に働ける!障害者と一緒にしないでくれ!』と言ったとしても、優しさを持ってこう言ったでしょう。

『何年もそう言ってるけど、人を怖がって全然普通に働けないじゃない。立派な障害者よ。』

そう言われたら、さすがの私もぐうの音も出ません。

『すいません・・・・・』と、嫌々ながらも障害者認定をもらいに心療内科に行ったでしょう。



でも、母が私に『いつか経済的に自立して結婚する』という夢を見ていなければ、そんな私も失敗作ではありません。

母はきっとこう言ったでしょう。

『障害者は落伍者じゃない。障害はあなたの個性なんだから、堂々としていないさい!』

タラレバの話ですが、そんな風に接する母だったら、私もここまでの時間と労力を悩むことに費やさずに済んだかもしれないのです。

そして自分のままでOKだと安心して生きられるようになった分だけ、時間と労力をもっと創造的なことに使えたかもしれないのです。


夢を目指すのではなく、ありのままの私を生きる


私は母に言いました。

『もし、オレが身体障害者として生まれていたら、母さんもオレにいつか普通の人のように元気にバリバリ働いて、経済的に自立して結婚して、子供を持ってほしいなんて夢は持たないやろ?

いつか母親がいなくなっても、どうやったらオレが安心して暮らせるかを考えて、現実的に対応しただろうと思う。

一方、内面のことは見た目ではわからないから、見た目でよほどおかしいと思えなければ、頑張ったら他の人と同じように出来ると思いがちだし、そうなることを望むよね。

でも、最近は一人一人内面で感じていることの違いがあることを理解され始めたんだよ。

見た目は普通でも生きづらさを感じている人をサポートする制度や体制が整い始めているんだよ。

障害も個性だと理解され始めたんだね。

だから、障害者と認定されても人生の落伍者になるわけじゃないよ。』




母は納得できないようでしたが、無理もありません。

長年、目指し続けた夢ですから、簡単に諦めはつかないでしょう。

でも、これからも何度も話し合おうと思います。




その時に大切なのが、相手がこう答えてくれればいいのにとか、こう思ってほしいと夢を目指さないことです。

夢を目指していたら、望ましい態度や意見以外は受け入れなくなってしまいます。

それは、私の人生経験から明らかです。

だから、納得できない母の気持ちもOKです。

それが、ありのままの母だからです。

ありのままの母を認めた上で、どうしたらみんなが心地よく生きられるか話し合っていくのです。




そんなありのままの気持ちを尊重する姿勢は、あさイチで特集した『夫のうつ』のある家族の姿と一緒です。

番組では、どんなこともオープンに話し合うその家族の取り組みをオープン作戦と名付けていました。

よろしければ、そちらの記事も参考にしてください 
    ↓↓↓↓↓
あさイチ『夫のうつ』より 真実を告げること・オープンになることの大切さ


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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